AM0:00 より絶食。
AM8:25 息子を幼稚園バスで送り出し、すぐに夫と病院へ出発。
AM9:00 病院到着後子宮口を広げる処置。前回と違い痛むがなんとか頑張る(自分で言うのも何ですが私は結構我慢強い・・・はず。。以前出産した時に看護師さんにもそういわれてちょびっと関心されたっけな。。)
AM9:15 病室にて着替え点滴。前回同様点滴を刺す血管が見つからず何度も刺し手は脂汗でびっしょりに。。。何とか刺したものの漏れて手がしびれ腫れてしまい反対の腕のひじの曲がるところへ刺すことにする。血管が生まれつき細いとのこと。点滴が完了したのは9:40頃。
AM10:20 オペ室へ誘導。もっと先だと思っていたので心の準備ができておらず動揺。
ここからは、オペの状況を書き残すことにする。
オペ室に入った途端急に体がガタガタと震え出し涙が止まらずどうしようもなくなった。
どうしても分娩台に上がることができず看護師さんに、落ち着くまで待ってあげるからと背中をさすってもらう。
一度目の手術はこんなことはなく、ちゃんと受け入れられたのに二度目は駄目だった。
前回の麻酔(ケタラール)で怖い思いをしたので、またあの恐ろしいようなおかしな体験をするのかと思うとそれも恐怖を倍増させて逃げ出したい気持ちに駆られる。
パニック障害をもつハハは思った通り発作が出てしまったのである。
看護師さんは二人いた。
一人の看護師さんが『生まれてこのかた、二度ほど同じ経験があります。ほんとつらいんだよね。でもどうしようもないしこれを終わらせなければ次へは進めないんだよね。わかるよ』と声をかけてくれた。
『麻酔のことも先生ちゃんとわかってて、考えてくれてるから大丈夫!!』
そう。そういうつらい思いをしてる人がたくさんいるしもっともっとつらい思いをしている人がいることも知っている。
でも怖い。自分がこんなに弱い人間だとは。。。改めて思い知る。
先生に麻酔の体験を話してあるので今回は麻酔を変えてくれるって話してたっけ。
今度は大丈夫かな・・・。
そんなことを思いながらやっと分娩台へ上がり呼吸監視や血圧計を取り付けて先生を待った。
隣の分娩室ではお産が始まったのかな?そんな感じの音が聞こえてきた。
先生がやってきた。先生の顔を見たら安心したのと同時にこれから始まってしまうという恐怖が襲ってきて涙が止まらなくなった。
先生とっても怖いんですと耐え切れずにこぼす。
『うん、でもちゃんと眠るまで待ってるから大丈夫だよ』と先生が声をかけてくれて少し安心したのと同時に麻酔のセルシン・ソセゴンが静脈から注入された。
段々視界がぼやけて、意識が遠のく。でも寝ることはなかった。
天井を見つめながらここで何人もの人が同じように不安を抱えながら天井を見つめていたんだろうなと思った。
完全に寝たわけではなかったので記憶もあり痛みもあったし、実際痛いとも言ったと思う。
看護師さんが二人ともずっと手をにぎってくれていて、流れる涙をぬぐってくれているのもわかった。
本当にありがたかった。看護師さんの存在って本当に大きいと改めて思った。
最後に吸引するような音がして手術の終わりが近いことが分かった。
朦朧とした意識の中で、ベッドに移されてそこから完全に眠る。
途中何度か看護師さんが様子を見に来てくれたのはうっすらした意識で覚えている。
完全に目が覚めたのはPM2時ごろだったろうか。またふらつくもののなんとか歩けるまで回復。
あぁ、終わったんだなと何とも言い難い心持になりながら着替えて夫の待つ待合室へ戻る。
先ほどの看護師さん二人に感謝とお礼を述べて、励まされて病棟を後にした。
妊婦さんがたくさんいる病院の待合室をすり抜けて診察を済ますと、先生に麻酔はどうだった?ぐるぐるはしなかった?と聞かれる。
前回使用した麻酔は人によっては変な夢をみたり朦朧とした意識の中で目の前がぐるぐる回ったりすることも多いらしく、一度使うと嫌がる人が結構いるんですと教えてくれた。
今回は眠ることはなく、それなりの痛みもあったけど私はぐるぐるより痛みのほうがまた耐えられたような気がする。
これは人それぞれだから何とも言えないけど・・・。
お医者さまとよく相談することが大事だと思います。
こうして私の短い妊娠生活は終わりました。
幼稚園から降園する息子のバスのお迎えは間に合わないので実母にお願いしてありしばらく家で休んでから夕方迎えに行ったところとても不安だったようでしばらくあまりしゃべってくれなかったが、お母さんもう治ったの?と聞いてくれた。
お母さんは元気になったからまたいっぱい遊ぼうねと言うと笑顔になってくれてよかった。
この1か月長いような短いような、1か月だった。
しばらくゆっくり休んで、おいしいものでも食べて体を回復させてから今後のことは考えようかなぁと思います。